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あるサケの物語

その他 動物 季節イベント

知床の山から湧き出るある川の中で
1匹のサケが卵から孵りました

サケは川の心地よい匂いを
思いっきり吸い込んで
大きな海へと旅にでました

大きな海で美味しいものを
いっぱい食べて
サケは大きくなりました

何日も青い青い海を自由に泳いで
ある時ふと思います

そうだあの川に戻らなければいけない

サケは海から生まれた川を目指しました

小さい頃にいっぱい吸い込んだ
あの心地よい匂いを頼りに
川を探しました

たくさんたくさん泳ぎました

やがてサケは見つけます
そうだこの匂いだと

そして川へと向かいます
大きな大きな海に比べて
せまいせまい川の入り口が
とてもとても怖く感じました

それでもサケは尾びれを動かし
川へと向かいます

川底の砂利でお腹がこすれ
流れてくる木の枝にぶつかり
体の色んなところが痛みます

それでもサケは尾びれを動かし
川を遡ります
もっと上へと

大きな滝がありました
何度ジャンプしても
超えられません

それでもサケは尾びれを動かし
滝を遡ります
もっと上へと

数えきれないほど岩で体を打ち、
突然の急流に押し流されながら
それでも遡ることを諦めることは
ありません

やがてなんだか心地よいところに
辿りつきました
とても小さかった頃に
知っていた場所です

目はもうよく見えません
お腹は傷だらけで
右の胸鰭は千切れ
上手に泳ぐこともできません

それでもサケは知っています
ここに戻ってきた理由を
お腹の中にある
たくさんの命を
大好きな川へ預けることを

サケはそっと寄り添ってくれる
信頼できる相手を見つけ
渾身の力で命を産み落としました

サケは今
身体中から力が抜けていくのを
ただぼんやりと感じています

あんなに痛かったお腹のキズも
千切れてしまった右の胸鰭も
もう気にならなくなりました

川底に横たわりながら
もうあまり見えなくなった目を
ふと空に向けると
そこに真っ青な大海原が広がっていました

自由に泳げていた頃に
大好きだった蒼い蒼い海が広がっています

そうだ今度は海へ戻ろう

サケは大きく水を吸い込むと
もう一度
尾びれを大きく
力強く動かしました
今度は空という大海で泳ぐために

そしてサケは
心地よい川の匂いに包まれて
握り締めていた意識を
千切れてしまった右の胸鰭から
そっと手放しました

 

今年もサケの遡上シーズンが始まっています。知床の川でも現在、遡上してきたサケを観察する事ができますが、今年も例年同様、危ぶまれている事実があります。
2025年度、サケの漁獲量は例年の半分以下となり、そして2026年度はそれより少ないだろうと予想されています。

川へと遡上してきたサケ

なぜサケたちは遡ってこないのか、はっきりとした原因は不明ですが、その一つは海水温の上昇と言われています。温暖化による海水温の上昇は、世界共通の懸念事項ですが、ここ知床も例外ではなく、冷たい水を好むサケたちにとって温かすぎる海水温は遡上の大きな障害となっているようです。

自分の何倍もある滝に何度も挑戦して登っていきます。

サケやマスは、とても豊かな海の栄養を、遡上によって山奥深くまで運んでくれる、知床にとっては無くてはならない存在です。
サケやマスはヒグマやシマフクロウなど、知床を代表する生き物にとって重要な存在であり、知床全ての生き物の宝です。
しかし、その宝が今正に、失くなろうとしています。生き物たちの協奏で賑やかだった知床に、静寂というノイズが響き渡ろうとしています。

現在知床自然センターでは「種とヒグマ」の特別企画展示を行っています。知床の自然と生き物がどのように繋がり、相関関係を持って生きているのかを分かりやすく展示しておりますので、どうぞ見に来てください。

近年のサケやマスの遡上から私たちが気づくべき事は、地球環境の急激な変化です。
例年多くのサケが遡上するはずの知床自然センター周辺のペレケ川、遠音別川、幌別川に今年彼らの姿はまばらです。「まだ遡ってきていない」のか、それとも「もう遡ってこない」のか、分かりません。
では取り組むべきことは何なのでしょうか。
気候変動については、多く諦めの意見がありますが、本当にどうしようもないのでしょうか。
「もう手遅れ」にしてしまうのか、それとも「まだ間に合う」とアクションを起こすのか。

サケの目が白濁しているのは、遡上によって免疫力が低下したために体面に発生するカビが原因です。泳ぎ方を見ていると、岸壁にぶつかることも多いため、目がよく見えてないだろうと思われます。

諦めずに川を遡上してくるサケたちは、そこが自分たちの子孫にとって最適な環境だと信じているのでしょう。私たち人間は、生き物たちの生命力を信じ、諦めではなく、前進する気持ちを持ち続けなくてはならないのではないでしょうか。

来年2027年は、しれとこ100平方メートル運動が始まり、50年の節目を迎えます。
50年前の知床は、今とは全く違う姿をしていました。それならば、次の50年後は、人間が諦めて憂いの目で見通す知床の姿から大きく変わることも可能なはずです。

今日、明日では変わらないでしょう。

しかし50年後は変えることができることを、知床の大地と人々は実証しています。

今、一緒に知床の次の50年を考えてみませんか。サケやマスたちが一斉に遡上し、生き物たちが、山が、海が、息を吹き返している宝でいっぱいの知床を夢見て。